やっと初詣 2月2日(火) [鎌倉の寺社]
しばらく昔の東海道歩き(2009年)の記事が続きました。
今日は最近の記事です。
昨日から2月になりました。
例年ならば、元旦は一人で円覚寺にお参りし、1月半ばを過ぎてから、八幡宮にお参りしていました。
今年は体調も悪く、どこも出かけませんでした。
とはいえ、昨年の絵馬、お札を納めに八幡宮へ行かないわけにはいきません。
1月の最終日、1月31日(日)に息子の車で、八幡宮に連れて行ってもらいました。
この日は久しぶりに朝から青空です。
前週に降った雨の影響で例年通りの雪をかぶった富士山が見られました。
朝9時ごろに家を出ました。
前週が雨だったので、出掛ける人が多く込み合うかなと思いながら出発しました。
行くときは、北鎌倉辺りで少し込みましたが、まずまずスムーズに行けました。
ところが八幡宮周辺の駐車場は軒並み「満車」
何とか良いタイミングでぎりぎり駐車出来ました。
天気は良い、一月最後の日曜日、みんな考えることは同じですね。
境内はそれほど混雑していません。
手水舎は閉鎖中で竹筒から水が出ていました。
舞殿ではお祓いの行事をしていました。
<厄除け大祓い>
舞殿の横にはこんなエリアが、
一般で言う、どんど焼きのようなものらしいです。
玄関に飾っていた松などを焼くようです。
(一瞬焼肉と間違えそうになりました)
家から持ってきた、破魔矢、お札はこちらに納めます。
こんなコーナーもありました。
大階段下の狛犬はマスク着用です。
約60段の階段は息子に手を支えてもらって何とか上がれました。
本殿の前に着きました。
お参りします。
破魔矢などを授かる場所は大混雑です。
例年ならば、数か所あるのですが、今年は1か所だけです。
ここは「蜜」ですね!!!
何時もある、おみくじ(ガラガラと手で振って、番号の竹棒が出てくる)はありませんでした。
階段を下りて、舞殿の近くで空を見上げます。
久しぶりに綺麗な青空を見ました。
どんどん人が増えてきますので長居は無用。
10時過ぎでこのくらいなので、午後に向かって増えてくるでしょう。
最後に本殿に一礼
帰りの道は来た時とは違い、ほとんど北鎌倉の円覚寺辺りまで対向車はのろのろ。
車の間にジョギング中のグループ、自転車ツーリングのグループも混じるのでさらに遅くなります。
我々は帰りで反対行きなのでスムーズに帰れました。
今年の破魔矢はこれです。
絵馬はこんな「牛」でした。
<本日の写真はサイズが違いますが、Z50を久しぶりに使ったため、設定の戻し忘れでした>
本日もご訪問ありがとうございました。
この日は気持ちの良い晴天でしたが、昨日は寒さが戻り、冷たい日でした。
これで我が家の正月行事は全て終わりました。
後は。春を待つだけです。
< 細かいことは分かりませんが今年の節分は今日(2月2日)だそうです >
次回は東海道歩きに戻ります。
今日は最近の記事です。
昨日から2月になりました。
例年ならば、元旦は一人で円覚寺にお参りし、1月半ばを過ぎてから、八幡宮にお参りしていました。
今年は体調も悪く、どこも出かけませんでした。
とはいえ、昨年の絵馬、お札を納めに八幡宮へ行かないわけにはいきません。
1月の最終日、1月31日(日)に息子の車で、八幡宮に連れて行ってもらいました。
この日は久しぶりに朝から青空です。
前週に降った雨の影響で例年通りの雪をかぶった富士山が見られました。
朝9時ごろに家を出ました。
前週が雨だったので、出掛ける人が多く込み合うかなと思いながら出発しました。
行くときは、北鎌倉辺りで少し込みましたが、まずまずスムーズに行けました。
ところが八幡宮周辺の駐車場は軒並み「満車」
何とか良いタイミングでぎりぎり駐車出来ました。
天気は良い、一月最後の日曜日、みんな考えることは同じですね。
境内はそれほど混雑していません。
手水舎は閉鎖中で竹筒から水が出ていました。
舞殿ではお祓いの行事をしていました。
<厄除け大祓い>
舞殿の横にはこんなエリアが、
一般で言う、どんど焼きのようなものらしいです。
玄関に飾っていた松などを焼くようです。
(一瞬焼肉と間違えそうになりました)
家から持ってきた、破魔矢、お札はこちらに納めます。
こんなコーナーもありました。
大階段下の狛犬はマスク着用です。
約60段の階段は息子に手を支えてもらって何とか上がれました。
本殿の前に着きました。
お参りします。
破魔矢などを授かる場所は大混雑です。
例年ならば、数か所あるのですが、今年は1か所だけです。
ここは「蜜」ですね!!!
何時もある、おみくじ(ガラガラと手で振って、番号の竹棒が出てくる)はありませんでした。
階段を下りて、舞殿の近くで空を見上げます。
久しぶりに綺麗な青空を見ました。
どんどん人が増えてきますので長居は無用。
10時過ぎでこのくらいなので、午後に向かって増えてくるでしょう。
最後に本殿に一礼
帰りの道は来た時とは違い、ほとんど北鎌倉の円覚寺辺りまで対向車はのろのろ。
車の間にジョギング中のグループ、自転車ツーリングのグループも混じるのでさらに遅くなります。
我々は帰りで反対行きなのでスムーズに帰れました。
今年の破魔矢はこれです。
絵馬はこんな「牛」でした。
<本日の写真はサイズが違いますが、Z50を久しぶりに使ったため、設定の戻し忘れでした>
本日もご訪問ありがとうございました。
この日は気持ちの良い晴天でしたが、昨日は寒さが戻り、冷たい日でした。
これで我が家の正月行事は全て終わりました。
後は。春を待つだけです。
< 細かいことは分かりませんが今年の節分は今日(2月2日)だそうです >
次回は東海道歩きに戻ります。
Z50
NIKKOR Z DX 16-50mm f/3.5-6.3 VR
東海道歩き旅 (5) 2月5日(金) [東海道歩き(昔の記録)]
2009年7月の東海道歩きの続きです。
前回は東海道線の二宮駅まで歩きました。
翌日 7月29日、二日連続で歩きます。
この頃は退職していたので、仕事もないし、時間は充分ありました。
この日は二宮駅から、小田原を通り箱根湯本まで歩く予定です。
山登りと一緒で、朝は早朝出発です。
大船発5:10発の下り電車に乗り二宮駅には5:40に着きました。
身支度を整えて、5:50頃に出発です。
二宮駅を出ると、国道1号線を西に向かいます。
昔の松並木の名残が残っています。
大船では小雨が降っていましたが雨は上がり、路面は少し濡れています。
小さな分かれ道がありました。
(この写真はGooglemapのStreetviewの写真です。
右に分かれますがこんな標識が立っていました。
当然旧東海道を進みますが、すぐに国道1号線に合流しました。
道からは海が見えます。
道は国府津駅前を通過します。
このウナギ屋さん、丹沢とか箱根の山のぼりをしたときによく食べました。
新木橋という大きな交差点を通過します。(7:00頃)
まだ国道を進んでいきます。
国道の距離ですが、日本橋より80kmの標柱が立っています。
この後、マクドナルドが開いていたので、朝食休憩です。
いよいよ酒匂川を渡ります。
この橋を渡ると小田原の市街地に入ります。
雨は上がり青空も見えてきました。
広重の浮世絵ですがおそらく酒匂川と箱根の山だと思います。
橋を渡るとこのような案内板がありました。
宿場の江戸方と上方に見張り番(見附)がありました。
これは何処の宿場でも一緒です。
進んでいくと、「新宿」という標柱がありました。
「新宿」とか「原宿」は何処にでもあります。
国道から離れて裏道に入ります。
小田原蒲鉾のお店が数軒並んだとおりです。
再び国道1号線に合流します。
こんな自動販売機がありました。
国道から離れて、板橋口(上方口)の案内があります。
国道から少し離れていますので、寂しそうな道を進みます。
国道に出ると箱根湯本の駅が見えてきました。
大船を出る時は小雨が降っていましたが、天気も回復して、太陽の日差しが出てきました。
上の写真の左の橋は三枚橋と言います。
箱根駅伝はまっすぐ湯本駅の方に向かいますが、旧道は左の橋を渡ります。
三枚橋から箱根湯本方面の反対側を見ます。
早朝に出発したので、10時頃に終了しました。
この日の総時間 4時間16分
この日の歩行時間 3時間50分
歩行距離 約16km
歩数 約25,000歩
2009年7月29日の街道歩きの記録でした。
この次はいよいよ箱根の山越えです
・
昨日、春一番が吹いたとか。
でも夕方には寒くなりました。
・
また、訳の分からない爺さんが、世界に向けて恥さらしをしましたね。
老害、困ったものです。
本日もご訪問ありがとうございました。
前回は東海道線の二宮駅まで歩きました。
翌日 7月29日、二日連続で歩きます。
この頃は退職していたので、仕事もないし、時間は充分ありました。
この日は二宮駅から、小田原を通り箱根湯本まで歩く予定です。
山登りと一緒で、朝は早朝出発です。
大船発5:10発の下り電車に乗り二宮駅には5:40に着きました。
身支度を整えて、5:50頃に出発です。
二宮駅を出ると、国道1号線を西に向かいます。
昔の松並木の名残が残っています。
大船では小雨が降っていましたが雨は上がり、路面は少し濡れています。
小さな分かれ道がありました。
(この写真はGooglemapのStreetviewの写真です。
右に分かれますがこんな標識が立っていました。
当然旧東海道を進みますが、すぐに国道1号線に合流しました。
道からは海が見えます。
道は国府津駅前を通過します。
このウナギ屋さん、丹沢とか箱根の山のぼりをしたときによく食べました。
新木橋という大きな交差点を通過します。(7:00頃)
まだ国道を進んでいきます。
国道の距離ですが、日本橋より80kmの標柱が立っています。
この後、マクドナルドが開いていたので、朝食休憩です。
いよいよ酒匂川を渡ります。
この橋を渡ると小田原の市街地に入ります。
雨は上がり青空も見えてきました。
広重の浮世絵ですがおそらく酒匂川と箱根の山だと思います。
橋を渡るとこのような案内板がありました。
宿場の江戸方と上方に見張り番(見附)がありました。
これは何処の宿場でも一緒です。
進んでいくと、「新宿」という標柱がありました。
「新宿」とか「原宿」は何処にでもあります。
国道から離れて裏道に入ります。
小田原蒲鉾のお店が数軒並んだとおりです。
再び国道1号線に合流します。
こんな自動販売機がありました。
国道から離れて、板橋口(上方口)の案内があります。
国道から少し離れていますので、寂しそうな道を進みます。
国道に出ると箱根湯本の駅が見えてきました。
大船を出る時は小雨が降っていましたが、天気も回復して、太陽の日差しが出てきました。
上の写真の左の橋は三枚橋と言います。
箱根駅伝はまっすぐ湯本駅の方に向かいますが、旧道は左の橋を渡ります。
三枚橋から箱根湯本方面の反対側を見ます。
早朝に出発したので、10時頃に終了しました。
この日の総時間 4時間16分
この日の歩行時間 3時間50分
歩行距離 約16km
歩数 約25,000歩
2009年7月29日の街道歩きの記録でした。
この次はいよいよ箱根の山越えです
・
昨日、春一番が吹いたとか。
でも夕方には寒くなりました。
・
また、訳の分からない爺さんが、世界に向けて恥さらしをしましたね。
老害、困ったものです。
本日もご訪問ありがとうございました。
東海道歩き旅 (6の1) 2月8日(月) [東海道歩き(昔の記録)]
先週末は、暖かい日が続きましたが、今日から寒さが戻ってくるようです。
今週は水曜日に病院の通院日があるので、憂鬱です。
今週は水曜日に病院の通院日があるので、憂鬱です。
++++++++++++++++++++++
2009年の東海道歩きの続きです。(2009年8月1日)
7月29日は箱根の麓、箱根湯本から山越えして静岡県の三島まで歩く予定です。
それまでは、朝早く家を出て、昼過ぎには終了して、家に帰っていました。
箱根越えは山登り仲間の友人が援軍として参加。
千葉、埼玉から来るので、大船発7:00の電車で合流。
小田原駅からバスで、箱根湯本の三枚橋で下車。
ここからは箱根駅伝のコースと違う道を進みます。
下図の吹き出しがない、斜めの道を進みます。
車道になっていますが、実際は半分位山道です。
始めはうっそうとした石畳の道でした。
箱根湯本から、温泉旅館街の裏手の道から、歩道のない道を約1時間進みます。
9:25、「女転がし坂」を上ります。
馬に乗った女性が急坂のため落馬して死んだ事により名づけられました。
坂道には、いろんな名前がついています。
この先からやっと山道になりました。
石畳の道で、苔がついているので、滑りやすいので注意が必要です。
箱根の山は天下の検・・・昼猶(なお)闇(くら)き杉の並木
10時頃畑宿の一里塚(復元)に着きました。
畑宿は、箱根の名産、寄木細工で有名です。
樫の木坂の案内がありました。
「けわしきこと道中一番の難所なり、おとこかくぞよみける
樫の木の坂をこゆれば、くるしくて、どんぐりほどの涙こぼる」
こんな急な坂ですが、この階段の上はドライブウェイです。
11:00頃甘酒茶屋に到着しました。
この写真は、現在の写真で、Googleの写真です。
ここではやはり甘酒です。
休憩した後、石畳の坂を下ると、芦ノ湖が見えてきました。
広重の絵です。
芦ノ湖のほとりのコンビニで、おにぎりで休憩しました。
この後、杉並木を歩きます。
関所跡通過します。(12:30)
関所跡歩き、箱根駅伝のゴール付近から、上りかえし、箱根峠に到着しました。
箱根峠から三島までは下り坂ばかりです。
この日の前半はここまでです。
2009年の東海道歩きの前半です。(2009年8月1日)
次回は後半で三島まで下ります
・
本日もご訪問ありがとうございました。
2009年の東海道歩きの続きです。(2009年8月1日)
7月29日は箱根の麓、箱根湯本から山越えして静岡県の三島まで歩く予定です。
それまでは、朝早く家を出て、昼過ぎには終了して、家に帰っていました。
箱根越えは山登り仲間の友人が援軍として参加。
千葉、埼玉から来るので、大船発7:00の電車で合流。
小田原駅からバスで、箱根湯本の三枚橋で下車。
ここからは箱根駅伝のコースと違う道を進みます。
下図の吹き出しがない、斜めの道を進みます。
車道になっていますが、実際は半分位山道です。
始めはうっそうとした石畳の道でした。
箱根湯本から、温泉旅館街の裏手の道から、歩道のない道を約1時間進みます。
9:25、「女転がし坂」を上ります。
馬に乗った女性が急坂のため落馬して死んだ事により名づけられました。
坂道には、いろんな名前がついています。
この先からやっと山道になりました。
石畳の道で、苔がついているので、滑りやすいので注意が必要です。
箱根の山は天下の検・・・昼猶(なお)闇(くら)き杉の並木
10時頃畑宿の一里塚(復元)に着きました。
畑宿は、箱根の名産、寄木細工で有名です。
樫の木坂の案内がありました。
「けわしきこと道中一番の難所なり、おとこかくぞよみける
樫の木の坂をこゆれば、くるしくて、どんぐりほどの涙こぼる」
こんな急な坂ですが、この階段の上はドライブウェイです。
11:00頃甘酒茶屋に到着しました。
この写真は、現在の写真で、Googleの写真です。
ここではやはり甘酒です。
休憩した後、石畳の坂を下ると、芦ノ湖が見えてきました。
広重の絵です。
芦ノ湖のほとりのコンビニで、おにぎりで休憩しました。
この後、杉並木を歩きます。
関所跡通過します。(12:30)
関所跡歩き、箱根駅伝のゴール付近から、上りかえし、箱根峠に到着しました。
箱根峠から三島までは下り坂ばかりです。
この日の前半はここまでです。
2009年の東海道歩きの前半です。(2009年8月1日)
次回は後半で三島まで下ります
・
本日もご訪問ありがとうございました。
東海道歩き旅 (6の2) 2月11日 [東海道歩き(昔の記録)]
今週からまた寒さが戻りました。
昨日はまた病院で、予約が朝早いので、通勤時間帯を避けて、往きはタクシーで行きました。
相変わらず病院は混雑しています。
2週前の検査結果はあまり思わしくなく、来週また検査の予定が入りました。
2009年の東海道歩きの続きです。(2009年8月1日)
芦ノ湖の近くで休憩し、箱根駅伝のゴール辺りから、を再び上り坂になります。
こんな坂もあります。
小田原からの登りと同様、坂には名前がついています。
急な坂を上り、着いたのが箱根峠です
昨日はまた病院で、予約が朝早いので、通勤時間帯を避けて、往きはタクシーで行きました。
相変わらず病院は混雑しています。
2週前の検査結果はあまり思わしくなく、来週また検査の予定が入りました。
2009年の東海道歩きの続きです。(2009年8月1日)
芦ノ湖の近くで休憩し、箱根駅伝のゴール辺りから、を再び上り坂になります。
こんな坂もあります。
小田原からの登りと同様、坂には名前がついています。
急な坂を上り、着いたのが箱根峠です
(Googleのストリートビュウの写真です)
神奈川県と静岡県の県境です。
川崎で神奈川県に入った時から、この地図を持って歩きました。
こんな地図でした。
神奈川国道事務所が作った地図で、縮尺のスケールも印刷されていました。
距離感がつかめるので便利でしたが、細部のところはよくわかりませんでした。
ここから静岡県なので地図が変わります。
こんな地図です。
地域ごとに作成されて、約20冊(鈴鹿峠まで)あります。
箱根から三島へ降りる地図はこちらです。
神奈川県の地図とは違い、距離感は分からないけれども、細かな曲道などが記載されてます。
これならば道を間違うことはなさそうです。
箱根峠を出発して、すぐ竹のトンネルのような道になりました。
かぶと石の案内があります。
道は、時々国道1号線を通ったりしますが、山道も沢山あります。
道なき道らしいところもあります。
この道を歩く人は少ないのでしょう。
時折こんな案内もあります。
民家の庭のようなところに出てきました。
山道は終わり、復元された松並木、石畳の道に出ました。
新町橋と言う橋を渡り、三島の市街地に入っていきます。
川には鴨が元気に泳いでいました。
16:30頃、三島神社に到着しました。
三島は水のきれいな所です。
駅に着いたら土砂降りの雨になりましたが、ぎりぎりセーフでした。
電車が来るまで、ビールで「お疲れ様」
熱海まではJR東海、熱海でJR東日本の電車に乗り換えです。
熱海駅で再びビールを調達、東海道線でまた「お疲れ様」
大船駅で、援軍二人と別れました。
・
この日の記録
この日の総時間 8時間06分
この日の歩行時間 7時間09分
歩行距離 約 26km
歩数 約43,000歩
この日のメモより
石畳は、ウォーキングシューズより登山靴の方が良いかもしれない
真夏だったけど、曇り空だったので助かった。
三島でウナギを食べたかったけれど、時間切れ・・・
本日もご訪問ありがとうございました。
2009年の東海道歩きでした。(2009年8月1日)
三島はこんなところです。
これから先は家からどんどん遠くなります。
今後は丹那トンネルより西になります。
・
この記事は2009年に東海道を歩いた記録です。
今回の記事は、今年になって再作成したものです。
現在の状況とは異なるところは多々ありますのでご注意ください。
神奈川県と静岡県の県境です。
川崎で神奈川県に入った時から、この地図を持って歩きました。
こんな地図でした。
神奈川国道事務所が作った地図で、縮尺のスケールも印刷されていました。
距離感がつかめるので便利でしたが、細部のところはよくわかりませんでした。
ここから静岡県なので地図が変わります。
こんな地図です。
地域ごとに作成されて、約20冊(鈴鹿峠まで)あります。
箱根から三島へ降りる地図はこちらです。
神奈川県の地図とは違い、距離感は分からないけれども、細かな曲道などが記載されてます。
これならば道を間違うことはなさそうです。
箱根峠を出発して、すぐ竹のトンネルのような道になりました。
かぶと石の案内があります。
道は、時々国道1号線を通ったりしますが、山道も沢山あります。
道なき道らしいところもあります。
この道を歩く人は少ないのでしょう。
時折こんな案内もあります。
民家の庭のようなところに出てきました。
山道は終わり、復元された松並木、石畳の道に出ました。
新町橋と言う橋を渡り、三島の市街地に入っていきます。
川には鴨が元気に泳いでいました。
16:30頃、三島神社に到着しました。
三島は水のきれいな所です。
駅に着いたら土砂降りの雨になりましたが、ぎりぎりセーフでした。
電車が来るまで、ビールで「お疲れ様」
熱海まではJR東海、熱海でJR東日本の電車に乗り換えです。
熱海駅で再びビールを調達、東海道線でまた「お疲れ様」
大船駅で、援軍二人と別れました。
・
この日の記録
この日の総時間 8時間06分
この日の歩行時間 7時間09分
歩行距離 約 26km
歩数 約43,000歩
この日のメモより
石畳は、ウォーキングシューズより登山靴の方が良いかもしれない
真夏だったけど、曇り空だったので助かった。
三島でウナギを食べたかったけれど、時間切れ・・・
本日もご訪問ありがとうございました。
2009年の東海道歩きでした。(2009年8月1日)
三島はこんなところです。
これから先は家からどんどん遠くなります。
今後は丹那トンネルより西になります。
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この記事は2009年に東海道を歩いた記録です。
今回の記事は、今年になって再作成したものです。
現在の状況とは異なるところは多々ありますのでご注意ください。
東海道歩き旅 (7) 2月13日(土) [東海道歩き(昔の記録)]
オリンピックの人選はごたごたですね。
80歳を超えた爺さんが、涙流して決まったかに見えましたが降り出しに戻りましたね。
・
2009年の東海道歩きの続きです。(2009年8月15日)
東の難所、箱根を超えて、三島まで歩きました。(2009年8月1日)
段々遠くなるので、青春18きっぷを購入しました。
家を出るのはいつも早朝です。
午前8時頃三島駅に到着しました。
三島大社に向かいます。
広重の浮世絵も早朝出発の旅人です。
鳥居は三島大社のの鳥居です。
三島大社にお参りです。
この日は祭りの日でした。
三島大社の前の通りは旧東海道です。
お祭りの露店の準備中でした。
広小路駅前の「時の鐘」
時の鐘は川越にもありますね。
街並みから外れます。
東海道を歩いていると、秋葉山の常夜灯によく遭遇します。
古い麹屋さんがありました。
時代を感じます。
一里塚が残っていました。
江戸から29里の一里塚です。
玉井寺の一里塚です。
他の場所ですが、対面石という石が残っていました。
昔、源頼朝と義経が会ったという話です。
沼津城の城郭の一部にこんなところがありました。
ここは沼津宿の中心だったようです。
夕方の沼津宿の絵です。
午前10時近くなり、空腹を感じるようになりました。
沼津の市街地にはコンビニがありましたが、市街地をはずれると、急にコンビニがなくなります。
ローカルなコンビニがあったので、おにぎりとコロッケを購入し、店内椅子で食べました。
お店の方が、みそ汁をサービスしてくれました。
ちょっと腹を満たして、歩きだしたら、コンビニ、西友の店がありました。
うまくいかないものです。
吉原まで、まっすぐなこんな道が延々と続きます。
原宿の絵です。(原という地名です)
むかしはこの辺りで雪の富士が見えたでしょうか???
吉原の駅前で、この日は止めようかと思いましたがもう少し頑張ります。
吉原の駅を過ぎると、今まで東西の道でしたが、北の方に曲がっていきます。
この絵では左側に富士山が見えます。
80歳を超えた爺さんが、涙流して決まったかに見えましたが降り出しに戻りましたね。
・
2009年の東海道歩きの続きです。(2009年8月15日)
東の難所、箱根を超えて、三島まで歩きました。(2009年8月1日)
段々遠くなるので、青春18きっぷを購入しました。
家を出るのはいつも早朝です。
午前8時頃三島駅に到着しました。
三島大社に向かいます。
広重の浮世絵も早朝出発の旅人です。
鳥居は三島大社のの鳥居です。
三島大社にお参りです。
この日は祭りの日でした。
三島大社の前の通りは旧東海道です。
お祭りの露店の準備中でした。
広小路駅前の「時の鐘」
時の鐘は川越にもありますね。
街並みから外れます。
東海道を歩いていると、秋葉山の常夜灯によく遭遇します。
古い麹屋さんがありました。
時代を感じます。
一里塚が残っていました。
江戸から29里の一里塚です。
玉井寺の一里塚です。
他の場所ですが、対面石という石が残っていました。
昔、源頼朝と義経が会ったという話です。
沼津城の城郭の一部にこんなところがありました。
ここは沼津宿の中心だったようです。
夕方の沼津宿の絵です。
午前10時近くなり、空腹を感じるようになりました。
沼津の市街地にはコンビニがありましたが、市街地をはずれると、急にコンビニがなくなります。
ローカルなコンビニがあったので、おにぎりとコロッケを購入し、店内椅子で食べました。
お店の方が、みそ汁をサービスしてくれました。
ちょっと腹を満たして、歩きだしたら、コンビニ、西友の店がありました。
うまくいかないものです。
吉原まで、まっすぐなこんな道が延々と続きます。
原宿の絵です。(原という地名です)
むかしはこの辺りで雪の富士が見えたでしょうか???
吉原の駅前で、この日は止めようかと思いましたがもう少し頑張ります。
吉原の駅を過ぎると、今まで東西の道でしたが、北の方に曲がっていきます。
この絵では左側に富士山が見えます。
14時半ごろ、吉原本町(岳南鉄道)に着きました。
この辺りが吉原宿の中心だった??
この後、JR富士駅方面に向かいます。
この辺りは、次の蒲原宿との間が長いので、茶屋などがあったそうです。
この日歩いたのは赤い三角の場所です。
ここまで歩きました。
この日は
この日の総時間 7時間39分
この日の歩行時間 7時間18分
歩行距離 約 30km
歩数 約45,000歩
この日のメモ。
暑い一日でした。
飲み物の自販機はあるが、コンビニが見当たらない道中でした。
2009年の東海道歩きでした。(2009年8月1日)
++++++++++++++++++++++
ベランダのチューリップがこんなに大きくなりました。
本日もご訪問ありがとうございました。
この辺りが吉原宿の中心だった??
この後、JR富士駅方面に向かいます。
この辺りは、次の蒲原宿との間が長いので、茶屋などがあったそうです。
この日歩いたのは赤い三角の場所です。
ここまで歩きました。
この日は
この日の総時間 7時間39分
この日の歩行時間 7時間18分
歩行距離 約 30km
歩数 約45,000歩
この日のメモ。
暑い一日でした。
飲み物の自販機はあるが、コンビニが見当たらない道中でした。
2009年の東海道歩きでした。(2009年8月1日)
++++++++++++++++++++++
ベランダのチューリップがこんなに大きくなりました。
本日もご訪問ありがとうございました。
お休みします 2月16日(火) [独り言]
2月は半ばを過ぎました。
徐々にではありますが、暖かくなっている気がします。
地震があったり、大雨が降ったり、週末はまた寒くなるとか。
昨日の雨で、乾燥した地面も潤いが出て、木々も元気になったでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
都合により、本日の更新はお休みとさせていただきます。
明日(2月17日)に更新させていただきます。
本日もご訪問ありがとうございました。
徐々にではありますが、暖かくなっている気がします。
地震があったり、大雨が降ったり、週末はまた寒くなるとか。
昨日の雨で、乾燥した地面も潤いが出て、木々も元気になったでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
都合により、本日の更新はお休みとさせていただきます。
明日(2月17日)に更新させていただきます。
本日もご訪問ありがとうございました。
2021-02-16 05:26
nice!(31)
カメラの事 2月17日(水) [日常生活]
数日前から部屋の整理をしています。
いろんな不要物を片付けました。
最近出かけることもなく、あまり使わなくなったカメラの処分も必要になりました。
このカメラを処分しなければなりませんが、十分使えます。
D810には、24mm~120mmを付けていました。
重量は合わせて、1690g
D7500には、18-140mmのレンズを付けていました。
重量は合わせて、1110g
最近の体力の衰えを考えると、カメラの重さが堪えるようになりました。
デジカメも最近はミラーレスがだんだん主流になりました。
今までのカメラを売却して、こちらのカメラしました。
Z6Ⅱレンズキット(Z6Ⅱ本体、NIKKORZ 24-70mm)
(案外重かった・・約1200g)
望遠レンズや、マクロレンズは残していますので、このアダプターを使います。
昨日一通りの設定を行い、、試し撮りです。
(最近のカメラは高機能で設定項目が沢山あります)
一昨日の雨天から変わり、きれいな青空が広がりました。
正月に植えた、葉ボタンは少し枯れてきました。
長い間、葉ばかりだった、フリージアの芽が出てきました。
どんな花が咲くでしょう。
昨年の夏、Z50(585g)を買いました。
そちらが軽いのですが、機能面はずいぶん違います。
今回のカメラが、私の人生最後のカメラになるでしょう。
年金暮らしの私ですが、一昨年、車を手放したので、車の売却金は使わずに貯めていました。
私の免許証は今年の12月に失効します。
そろそろ返納手続きをしないと・・
・
本日もご訪問ありがとうございました。
いろんな不要物を片付けました。
最近出かけることもなく、あまり使わなくなったカメラの処分も必要になりました。
このカメラを処分しなければなりませんが、十分使えます。
D810には、24mm~120mmを付けていました。
重量は合わせて、1690g
D7500には、18-140mmのレンズを付けていました。
重量は合わせて、1110g
最近の体力の衰えを考えると、カメラの重さが堪えるようになりました。
デジカメも最近はミラーレスがだんだん主流になりました。
今までのカメラを売却して、こちらのカメラしました。
Z6Ⅱレンズキット(Z6Ⅱ本体、NIKKORZ 24-70mm)
(案外重かった・・約1200g)
望遠レンズや、マクロレンズは残していますので、このアダプターを使います。
昨日一通りの設定を行い、、試し撮りです。
(最近のカメラは高機能で設定項目が沢山あります)
一昨日の雨天から変わり、きれいな青空が広がりました。
正月に植えた、葉ボタンは少し枯れてきました。
長い間、葉ばかりだった、フリージアの芽が出てきました。
どんな花が咲くでしょう。
昨年の夏、Z50(585g)を買いました。
そちらが軽いのですが、機能面はずいぶん違います。
今回のカメラが、私の人生最後のカメラになるでしょう。
年金暮らしの私ですが、一昨年、車を手放したので、車の売却金は使わずに貯めていました。
私の免許証は今年の12月に失効します。
そろそろ返納手続きをしないと・・
・
本日もご訪問ありがとうございました。
東海道歩き旅 (8) 2月20日(土) [東海道歩き(昔の記録)]
昨日はよい天気でしたが、風は冷たく、家でじっとしているとまだ寒さを感じる日でした。
午前11時10分からCTの予約があったので病院に出かけました。
早く着いたので、早く終わり、11時過ぎには病院を出ることが出来ました。
病院で予定より早く終わることは滅多にありません。
助かりました。
・
今日から暖かくなるようですが、最近の天気予報ははずれが多いです。
午前11時10分からCTの予約があったので病院に出かけました。
早く着いたので、早く終わり、11時過ぎには病院を出ることが出来ました。
病院で予定より早く終わることは滅多にありません。
助かりました。
・
今日から暖かくなるようですが、最近の天気予報ははずれが多いです。
・
2月13日の続きです。
約10年前、思い立って東海道歩きを始めました。
10年前はこのブログはまだ始めていませんでした。
この記事は初めて披露します。
2009年8月18日です。
街道の景色も、周囲の様子も今とは違います。
2月13日の記事では、吉原宿(富士駅)まで来ました。
今回は吉原宿の近く、JR富士駅からスタートします。
何時も乗っている大船発6:05の静岡行きに乗ります。
電車の本数は沢山あるけれど、この列車は特急用の車両で静岡まで乗り換えなしで行けます。
富士駅に7:58着、さっそく出発します。
(この日は家内と一緒でした)
約1km位歩くと富士川に出ます。
昔の渡船場跡の石碑が立っています。
現在は立派な橋を渡ります。
穏やかな流れでした。
赤い橋の左側には、東名高速の富士川サービスエリアがあります。
これぐらい穏やかならば、渡しも楽だったでしょう。
旧東海道はこの図の中央下あたりで、ここを横切っていきます。
この辺りは「岩淵」と言います。
岩淵の一里塚に着きました。
こんな格好で歩きました。
旧街道と言っても高速道路の上を横切ります。
この辺りの名物で、「栗の粉餅」というお菓子があります。
ちょうど店の前を通りかかりました。
店のシャッターが半分開いていたので中の人に聞くと今日は休みだけどお餅はあるとか・・
一箱買ってお土産にしました。
道を進みます。
道は緩やかな坂を下り、蒲原宿に近づいてきました。
広重の絵にこんな絵がありますが、今の気候からは考えられません。
やがて道の埋め込みにこんな絵が見られるようになりました。
由比に近づくと、桜エビの店が増えてきます。
由比の町並みです。
広重美術館があったので、見学しました。
しばらく見学して、由比宿本陣跡に着きました。
立派な門です。
由比駅に向かいます。
由比駅に着きました。
東海道歩きはここまでにして、電車に乗って三島に向かいます。
青春18切符を持っているので、自由に乗り降りできます。
駅近くの楽寿園を覗いてみたけど、水が枯れていて、見るところがありません。
路地裏のような水路を通ります。
水は綺麗です。
クロアゲハがいました。
三島で下りた重要な目的、桜屋の「うなぎ」を食べることでした。
ウナギで満腹になり、大船駅に着いたのは、19:28頃でした。
(家内孝行も出来ました)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰宅後、栗の粉餅をさっそくいただきます。
実際には、このお菓子は、昔のお菓子を復刻したものだそうです。
数年後、近くを通ったのでもう一度買ったことがあります。
本日もご訪問ありがとうございました。
2009年8月18日の東海道歩きの記録でした。
店のシャッターが半分開いていたので中の人に聞くと今日は休みだけどお餅はあるとか・・
一箱買ってお土産にしました。
道を進みます。
道は緩やかな坂を下り、蒲原宿に近づいてきました。
広重の絵にこんな絵がありますが、今の気候からは考えられません。
やがて道の埋め込みにこんな絵が見られるようになりました。
由比に近づくと、桜エビの店が増えてきます。
由比の町並みです。
広重美術館があったので、見学しました。
しばらく見学して、由比宿本陣跡に着きました。
立派な門です。
由比駅に向かいます。
由比駅に着きました。
東海道歩きはここまでにして、電車に乗って三島に向かいます。
青春18切符を持っているので、自由に乗り降りできます。
駅近くの楽寿園を覗いてみたけど、水が枯れていて、見るところがありません。
路地裏のような水路を通ります。
水は綺麗です。
クロアゲハがいました。
三島で下りた重要な目的、桜屋の「うなぎ」を食べることでした。
ウナギで満腹になり、大船駅に着いたのは、19:28頃でした。
(家内孝行も出来ました)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰宅後、栗の粉餅をさっそくいただきます。
実際には、このお菓子は、昔のお菓子を復刻したものだそうです。
数年後、近くを通ったのでもう一度買ったことがあります。
本日もご訪問ありがとうございました。
2009年8月18日の東海道歩きの記録でした。
東海道歩き旅 (9の1) 2月23日(火) [東海道歩き(昔の記録)]
一昨日から昼間は暖かくなりました。
近所の公園でも子供たちはTシャツ一枚で遊んでいる子供もいました。
今日も暖かな晴天の予報ですが、週末はまた寒くなるそうです。
10年前はこのブログはまだ始めていませんでした。
近所の公園でも子供たちはTシャツ一枚で遊んでいる子供もいました。
今日も暖かな晴天の予報ですが、週末はまた寒くなるそうです。
10年前はこのブログはまだ始めていませんでした。
この記事は初めて披露します。
今日は天皇誕生日、4月29日→12月23日→2月23日、まだピンと来ません。
約10年前の東海道歩きの記録が続きます。
前回の記事で、静岡県の由比まで来ました。
ここから峠越えが始まります。
大船からいつもの静岡行きの電車に乗り、由比駅に着いたのは8:16でした。
この日は防災の日、地元の消防団の人が訓練準備をしていました。
駅を出発したのは8:30頃でした。
駅から、旧街道に行くのに、立ち並ぶ家の裏を通っていきます。
やがて旧街道に出ると旧家が並んでいます。
小池邸と言う家で名主の館の看板が出ています。
一部になまこ壁、格子の窓、古い家でしょうね。
実際にはこの建物は明治時代に建てられたものだそうです。
こちらは別の建物で、「東海道明かりの資料館」の看板がかかっています。
徐々に上り坂になっていきます。
山の急斜面に張り付くような神社。(中峰神社)
ところどころに小さな橋が架かっています。
大雨の時は大変でしょうね。
こんなところですから買い物も不便でしょう。
道はどんどん上っていきます。
箱根ほどではないですが、二つ目の難所です。
薩埵峠(さったとうげ)の案内がありました。
この日は9月1日、緑色のミカンが沢山生っていました。
こんな地図があります。
すぐ下は日本の大動脈です。
東海道線、国道1号線、東名高速道路などが並んで通っています。
(東名高速を通った人であればわかると思いますが、由比PAの上です)
昔はこの海岸もなく、山越えしか方法がなかったのでしょう。
横にはミカンが沢山。
峠越えの時に鞍が壊れて、馬の蹄の跡が残ったという・・・
見通しの良い場所に来ました。
残念ながらこの時期には富士山は見えません。
天気の良い時はこのように見えるのでしょう。
広重の絵です。
ここまでは車で来ることが出来ます。
字は見えません。
薩埵峠の山の神跡。
昔はここに祠でもあったでしょうか?
ここからは下るだけですが、歩くだけになります。
次に続きます。
本日もご訪問ありがとうございました。
今日は天皇誕生日、4月29日→12月23日→2月23日、まだピンと来ません。
約10年前の東海道歩きの記録が続きます。
前回の記事で、静岡県の由比まで来ました。
ここから峠越えが始まります。
大船からいつもの静岡行きの電車に乗り、由比駅に着いたのは8:16でした。
この日は防災の日、地元の消防団の人が訓練準備をしていました。
駅を出発したのは8:30頃でした。
駅から、旧街道に行くのに、立ち並ぶ家の裏を通っていきます。
やがて旧街道に出ると旧家が並んでいます。
小池邸と言う家で名主の館の看板が出ています。
一部になまこ壁、格子の窓、古い家でしょうね。
実際にはこの建物は明治時代に建てられたものだそうです。
こちらは別の建物で、「東海道明かりの資料館」の看板がかかっています。
徐々に上り坂になっていきます。
山の急斜面に張り付くような神社。(中峰神社)
ところどころに小さな橋が架かっています。
大雨の時は大変でしょうね。
こんなところですから買い物も不便でしょう。
道はどんどん上っていきます。
箱根ほどではないですが、二つ目の難所です。
薩埵峠(さったとうげ)の案内がありました。
この日は9月1日、緑色のミカンが沢山生っていました。
こんな地図があります。
すぐ下は日本の大動脈です。
東海道線、国道1号線、東名高速道路などが並んで通っています。
(東名高速を通った人であればわかると思いますが、由比PAの上です)
昔はこの海岸もなく、山越えしか方法がなかったのでしょう。
横にはミカンが沢山。
峠越えの時に鞍が壊れて、馬の蹄の跡が残ったという・・・
見通しの良い場所に来ました。
残念ながらこの時期には富士山は見えません。
天気の良い時はこのように見えるのでしょう。
広重の絵です。
ここまでは車で来ることが出来ます。
字は見えません。
薩埵峠の山の神跡。
昔はここに祠でもあったでしょうか?
ここからは下るだけですが、歩くだけになります。
次に続きます。
本日もご訪問ありがとうございました。
2009年8月1日の東海道歩きの記録でした。
・
確定申告の作業は終わりました。
一応、還付がありそうです。
今年から医療費の集計表もオンラインで送れるようになりました。
何処も行かずに済みました。
・
確定申告の作業は終わりました。
一応、還付がありそうです。
今年から医療費の集計表もオンラインで送れるようになりました。
何処も行かずに済みました。
東海道歩き旅 (9の2) 2月26日(金) [東海道歩き(昔の記録)]
21日(日)頃から暖かい日が続きました。
徐々に寒い日が多くなり、昨日は逆戻りで冷たい風が吹き、寒い一日となりました。
寒いといっても、外は暖かそうな陽が当たっていました。
フリージアのつぼみも数が増えてきました。
正月前に植えた葉ボタンもこんな姿になりました。
何よりも夜明けが早くなりました。(25日、朝6時頃です)
春はそこまで来ているのに足踏みしています。
今日は、全国的に天気は悪く、この中を病院に行かなければなりません。
・
前回記事の続きです。
徐々に寒い日が多くなり、昨日は逆戻りで冷たい風が吹き、寒い一日となりました。
寒いといっても、外は暖かそうな陽が当たっていました。
フリージアのつぼみも数が増えてきました。
正月前に植えた葉ボタンもこんな姿になりました。
何よりも夜明けが早くなりました。(25日、朝6時頃です)
春はそこまで来ているのに足踏みしています。
今日は、全国的に天気は悪く、この中を病院に行かなければなりません。
・
前回記事の続きです。
10年前はこのブログはまだ始めていませんでした。
この記事は初めて披露します。
展望台で、しばらくこの景色をながめます。
こんな看板も立っています。
ここからハイキングコースになります。
もう1か所展望台がありました。
ここからもこの光景が見えます。
下りの階段をどんどん下りていきます。
そこらにある公園の景色と変わりません。
誰も来ないので静かな山道でした。
かなり下って、海が見えるようになりました。
急に道が草で覆われたところになりました。
ここを抜けると、墓地に出てきました(写真はありません)
その後、狭い路地を抜けて、国道1号線に出ました。
しばらく国道1号を進みます。
車は少なく静かな道になりました。
身延道の分岐です。
ここから身延山の久遠寺までどれくらいかかるでしょう?
興津宿の始まりです。
広重の絵です。
由比宿とは違って、平坦な道が続きます。
川を渡る力士の絵が描かれています。
清見寺の前を通ります。
徳川家康(松平竹千代)の幼少のころ今川家に預けられ、このお寺で修業をした所です。
徐々に清水市(現在は静岡市清水区)に入っていきます。
古い建物も残っています。
この辺りは江尻という宿場町でした。
(実は江尻という宿場名はこの時まで知りませんでした)
広重の絵です。
後ろの山は伊豆半島の山、中ほどの島のように見えるところは三保の松原だと思います。
「食いね~食いね~、寿司食いね~」の清水次郎長の生まれたところです。
駅の近くにシラスの釜揚げの幟を立てた店がいくつか見えました。
店で聞いてみると、お昼に上がるから、販売は14時以降になるとのこと。
とりあえずここはパスして進みます。
ここらあたりが中心地だったと思われますが、小綺麗な商店街でした。
追分という地名がありました。
この橋の向かいには「追分羊羹」のお店がありました。
横に駐車場があり、観光バスが2台ほど止まっていました。
ツアー名は「東海道53次巡り江尻、興津、由比」となっていました。
私は羊羹は買いませんでした。
しばらく単調な道が続き、大きな鳥居が見えてきました。
草薙神社のの鳥居です。
ここから草薙駅はすぐです。
この日はここで終了です。(14:10)
この日の総時間 5時間38分
この日の歩行時間 4時間33分
歩行距離 約16km
歩数 約26,000歩
この後、草薙から上り電車に乗車、清水駅で下車。
次の電車が来るまで、駅からすぐ近くのシラス屋さんで、釜揚げシラスを購入。
500円でたっぷり入っていました。
江の島辺りではこの半分ぐらいしか入っていません。
2009年8月1日の東海道歩きの記録でしたた。
本日もご訪問ありがとうございました。
この記事は初めて披露します。
展望台で、しばらくこの景色をながめます。
こんな看板も立っています。
ここからハイキングコースになります。
もう1か所展望台がありました。
ここからもこの光景が見えます。
下りの階段をどんどん下りていきます。
そこらにある公園の景色と変わりません。
誰も来ないので静かな山道でした。
かなり下って、海が見えるようになりました。
急に道が草で覆われたところになりました。
ここを抜けると、墓地に出てきました(写真はありません)
その後、狭い路地を抜けて、国道1号線に出ました。
しばらく国道1号を進みます。
車は少なく静かな道になりました。
身延道の分岐です。
ここから身延山の久遠寺までどれくらいかかるでしょう?
興津宿の始まりです。
広重の絵です。
由比宿とは違って、平坦な道が続きます。
川を渡る力士の絵が描かれています。
清見寺の前を通ります。
徳川家康(松平竹千代)の幼少のころ今川家に預けられ、このお寺で修業をした所です。
徐々に清水市(現在は静岡市清水区)に入っていきます。
古い建物も残っています。
この辺りは江尻という宿場町でした。
(実は江尻という宿場名はこの時まで知りませんでした)
広重の絵です。
後ろの山は伊豆半島の山、中ほどの島のように見えるところは三保の松原だと思います。
「食いね~食いね~、寿司食いね~」の清水次郎長の生まれたところです。
駅の近くにシラスの釜揚げの幟を立てた店がいくつか見えました。
店で聞いてみると、お昼に上がるから、販売は14時以降になるとのこと。
とりあえずここはパスして進みます。
ここらあたりが中心地だったと思われますが、小綺麗な商店街でした。
追分という地名がありました。
この橋の向かいには「追分羊羹」のお店がありました。
横に駐車場があり、観光バスが2台ほど止まっていました。
ツアー名は「東海道53次巡り江尻、興津、由比」となっていました。
私は羊羹は買いませんでした。
しばらく単調な道が続き、大きな鳥居が見えてきました。
草薙神社のの鳥居です。
ここから草薙駅はすぐです。
この日はここで終了です。(14:10)
この日の総時間 5時間38分
この日の歩行時間 4時間33分
歩行距離 約16km
歩数 約26,000歩
この後、草薙から上り電車に乗車、清水駅で下車。
次の電車が来るまで、駅からすぐ近くのシラス屋さんで、釜揚げシラスを購入。
500円でたっぷり入っていました。
江の島辺りではこの半分ぐらいしか入っていません。
2009年8月1日の東海道歩きの記録でしたた。
本日もご訪問ありがとうございました。